多発性骨髄腫(Multiple Myeloma: MM)は、血液のがんの一種であり、骨髄内でB細胞から分化した形質細胞ががん化し、異常に増殖する病気です。この異常な形質細胞が、血液中や尿中にM蛋白と呼ばれる異常な免疫グロブリンを大量に産生することが特徴です。
高齢者に多く発症し、症状の現れ方が多様で診断に時間を要することもあります。本記事では、多発性骨髄腫の基本的な知識、特徴的な症状、診断に不可欠な検査、そして現在の治療による生存率について血液内科医の監修のもと解説します。
多発性骨髄腫の病態と特徴的な症状
多発性骨髄腫の病態は、がん化した形質細胞が骨髄内で増殖することと、異常なM蛋白が全身に影響を及ぼすことの二つに分けられます。症状は、頭文字をとってCRAB症状として知られています。
C: 高カルシウム血症(Hypercalcemia)
骨髄腫細胞が骨を破壊する物質を出すことで、骨からカルシウムが血液中に溶け出し、高カルシウム血症を引き起こします。
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症状: 意識障害、脱水、食欲不振、吐き気、倦怠感などが現れます。これは比較的緊急性の高い症状です。
R: 腎機能障害(Renal insufficiency)
腎機能の障害は、M蛋白の一部である「軽鎖」(ベンス・ジョーンズ蛋白)が腎臓に沈着したり、高カルシウム血症による影響を受けたりすることで発生します。
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症状: むくみ、倦怠感、尿量の減少などが生じます。重症化すると腎不全に至ることもあります。
A: 貧血(Anemia)
骨髄腫細胞が骨髄内で正常な血液細胞の工場を占拠してしまうため、赤血球が作られなくなり、貧血が進行します。
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症状: 息切れ、強い倦怠感、動悸、顔面蒼白などが現れます。
B: 骨病変(Bone lesion)
骨髄腫細胞が骨を破壊することで、骨に穴があいたり(融解性病変)、骨がもろくなったりします。
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症状: 持続的な腰痛、背中の痛み(病的骨折の可能性)、手足のしびれ(脊椎の圧迫骨折による神経障害)など。これらの骨の痛みが、最も早く患者さんが自覚する症状の一つです。
診断に不可欠な検査:M蛋白とベンス・ジョーンズ蛋白
多発性骨髄腫の確定診断には、血液および尿の検査、骨髄検査、画像検査が組み合わされます。特にM蛋白とベンス・ジョーンズ蛋白の検出は必須です。
1. 血液・尿検査によるM蛋白の検出
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M蛋白(エムタンパク):
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がん化した形質細胞が大量に産生する異常な免疫グロブリン(抗体)です。
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電気泳動検査で血液中のタンパク質を分離することで、正常なタンパク質のピークとは異なる鋭いピークとして検出されます。
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M蛋白の量(濃度)は、病気の進行度や治療効果を評価する重要な指標となります。
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ベンス・ジョーンズ蛋白(Bence Jones Protein):
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M蛋白の一部である「軽鎖」が、分子量が小さいため尿中に排出されたものです。
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尿を加熱することで沈殿する性質があり、尿検査で検出されます。
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ベンス・ジョーンズ蛋白の存在は、腎機能障害の主要な原因となります。
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2. 骨髄検査(骨髄穿刺・生検)
骨髄腫細胞の存在と割合を確認するための最も重要な検査です。
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目的: 骨髄中の全有核細胞のうち、形質細胞の割合が10%以上であること、または形質細胞腫(骨髄腫細胞の塊)が認められることを確認します。
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内容: 骨盤の骨などから骨髄液や組織の一部を採取し、細胞の形態や遺伝子異常を調べます。
3. 画像検査
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単純X線検査、CT、MRI、PET検査など:
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骨病変(融解性病変)の有無や、多発しているかどうかを確認します。
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MRIやPET検査は、骨髄への浸潤度や、病変の活動性を評価するのに有用です。
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多発性骨髄腫の治療と生存率
多発性骨髄腫はかつて難治性の病気でしたが、近年の治療法の進化により、生存期間は大幅に延びています。
治療の選択肢
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自家造血幹細胞移植(ASCT):
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比較的高齢でない患者さんや体力がある患者さんに対し、大量化学療法の後に自身の造血幹細胞を移植することで、治療効果の向上と長期寛解(症状の消失)を目指します。
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新規薬剤(レジメン):
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プロテアソーム阻害薬(PI): 骨髄腫細胞の生存に必要なタンパク質の分解を阻害し、細胞死を誘導します。
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免疫調節薬(IMiDs): 骨髄腫細胞の増殖を抑えるとともに、免疫細胞を活性化させます。
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抗体薬(モノクローナル抗体): 骨髄腫細胞の表面の特定の分子を標的とし、攻撃します。
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これらの新規薬剤を組み合わせた治療(レジメン)により、高齢者や移植非適応の患者さんでも高い治療効果が得られるようになっています。
生存率(予後)
多発性骨髄腫の予後は、診断時の年齢、病期(ステージ)、骨髄腫細胞の遺伝子異常などによって大きく異なります。
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近年の傾向: 以前は5年生存率が30%〜40%程度でしたが、新規薬剤の登場と治療の進歩により、全体的な5年相対生存率は60%前後まで改善しています。
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個別化医療: 現在では、患者さんの個々のリスクや全身状態に合わせて最適なレジメンを選択する個別化医療が進められており、特に若い患者さんやリスクの低い患者さんでは、長期生存や治癒に近い状態を維持することが期待されています。
しかし、再発を繰り返す可能性もあるため、治療開始後も定期的な検査と継続的なフォローアップが欠かせません。
