はじめに:高齢化社会で増加する「前立腺がん」
前立腺がんは、男性特有のがんの中で罹患率が最も高いがんの一つです。高齢化が進む日本において、その患者数は年々増加しており、決して他人事ではありません。しかし、その一方で「治りやすいがん」としても知られており、早期に発見し適切な治療を行えば、予後は良好です。
前立腺がんは、初期には自覚症状がほとんどないため、「サイレント・キラー(静かなる殺人者)」と呼ばれることもあります。大切なのは、危険因子を知り、早期発見のための検査を定期的に受けることです。
この記事では、前立腺がんがなぜ起こるのか、どのような症状で進行するのか、そして診断から最新の治療法までをわかりやすく解説します。ご自身の、または大切なご家族の健康を守るために、ぜひ最後までお読みください。
1. 前立腺がんとは?—男性特有の臓器「前立腺」に発生するがん
前立腺がんは、前立腺という臓器に発生するがんです。
前立腺の役割と位置
前立腺は、男性にしかない臓器で、膀胱の真下にあり、尿道を取り囲むように存在しています。大きさはクルミ程度です。
前立腺の主な役割は、精液の一部(前立腺液)を作り、精子の栄養補給や保護をすることです。
なぜ「がん」になるのか
前立腺の細胞が、何らかの原因で異常な増殖を繰り返し、悪性腫瘍となったものが前立腺がんです。多くの場合、前立腺の外側(辺縁領域)に発生するため、初期には尿道が圧迫されにくく、症状が出にくいという特徴があります。
2. 前立腺がんの主な原因とリスクファクター
前立腺がんの正確な原因は解明されていませんが、いくつかの明確なリスクファクターが知られています。
A. 年齢(最大の危険因子)
前立腺がんの最大の危険因子は年齢です。50歳を過ぎると罹患率が上がり始め、高齢になるほどリスクが高まります。これは、前立腺細胞の遺伝子変異が長年の間に蓄積するためと考えられています。
B. 家族歴(遺伝的要因)
父親や兄弟に前立腺がんを患った方がいる場合、そうでない人に比べて発症リスクが高まります。特に、50歳未満で発症した家族がいる場合は、より注意が必要です。
C. 食事・生活習慣
動物性脂肪の摂取量が多い食習慣や、肥満がリスクを高めることが指摘されています。欧米では古くから罹患率が高く、近年日本で増加している背景には、食生活の欧米化が関わっていると考えられています。
3. 前立腺がんの症状:初期はほとんど無症状!
前立腺がんは、初期にはほとんど自覚症状がありません。症状が現れるのは、がんが進行し、尿道を圧迫したり、周囲の臓器に影響を及ぼしたりし始めてからです。
進行がんの主な症状
症状は、前立腺の良性疾患である前立腺肥大症の症状と似ています。
- 排尿困難:尿の勢いが弱くなる、おしっこが出にくい。
- 頻尿・残尿感:トイレが近くなる、排尿後もスッキリしない。
- 血尿:尿に血が混じる。
- 骨の痛み:がんが進行し、骨(特に腰椎や骨盤)に転移した場合、強い痛みやしびれが出ることがあります。
特に40代、50代で頻尿や排尿困難を感じた場合、年齢的に前立腺肥大症の可能性は低いことが多いため、がんの可能性も念頭に置き、専門医に相談することが重要です。
4. 前立腺がんの早期発見の鍵となる検査
自覚症状がない段階で前立腺がんを見つけるために、最も重要なのが「PSA検査」です。
最も重要な検査:PSA検査
PSA(Prostate Specific Antigen:前立腺特異抗原)は、前立腺で作られるタンパク質の一種です。このPSAが血液中に異常に増えているかどうかを調べるのがPSA検査です。
- 簡単な血液検査で測定できます。
- 前立腺がんに特異性が高く、早期発見に非常に有効です。
- 一般的に、PSA値が4.0 ng/mlを超えると要注意とされ、精密検査が推奨されます(年齢によって基準値は異なります)。
PSAは前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇することがあるため、PSA値が高い=がん、ではありませんが、精密検査を受けるための重要なサインとなります。
精密検査
PSA値が高いと判明した場合や、医師ががんを疑った場合、以下の精密検査に進みます。
- 直腸診:直腸から指を入れ、前立腺の硬さやしこりの有無を調べます。
- 経直腸的超音波検査(エコー):直腸からプローブを入れて前立腺の形やがんの有無を詳細に調べます。
- 前立腺生検(確定診断):超音波で確認しながら前立腺組織の一部を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無を調べます。これで初めてがんの確定診断が下されます。
- 画像検査:MRI、CT、骨シンチグラフィなどで、がんの進行度や転移の有無を調べます。
5. 前立腺がんの最新治療法:多様な選択肢
前立腺がんは、進行度や悪性度、患者さんの年齢や健康状態によって、非常に多様な治療法から選択できるのが特徴です。
A. 監視療法(無治療経過観察)
前立腺がんの中でも、悪性度が低く、進行が非常に遅いタイプの場合、すぐに治療を開始せず、定期的な検査(PSA、生検など)で経過を厳重に監視します。過剰な治療を避けるための選択肢です。
B. 手術療法
がんのある前立腺をすべて摘出する治療法です。
- ロボット支援手術(ダヴィンチなど)が主流となり、繊細な手術が可能になったことで、術後の尿失禁や勃起機能低下といった合併症を軽減できるようになりました。
C. 放射線療法
がん細胞に放射線を照射して死滅させる治療法です。
- 体外から高精度に照射するIMRT(強度変調放射線治療)や、前立腺に小さな線源を埋め込む小線源療法(ブラキセラピー)などがあり、体への負担が比較的少ないのが特徴です。
D. ホルモン療法(内分泌療法)
前立腺がんは男性ホルモン(アンドロゲン)によって増殖する性質があるため、ホルモンの働きを抑えたり、分泌を止めたりする薬を使用し、がん細胞の増殖を抑制します。進行がんに有効な治療法です。
まとめ:早期発見こそが最大の防御策
前立腺がんは、男性にとって非常に身近ながんとなりましたが、決して恐れる病気ではありません。治療法が進歩している今、最も大切なのは「手遅れになる前に見つけること」です。
「自分はまだ大丈夫」と思わず、40代後半から50歳を迎えたら、健康診断や人間ドックでPSA検査を追加することを強くお勧めします。不安な症状がある方は、泌尿器科の専門医にご相談ください。早期の発見と適切な治療で、前立腺がんは十分に克服できる病気です。
【免責事項】 本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療については、必ず泌尿器科の専門医を受診し、医師の指示に従ってください。
