はじめに:命に関わる病気「狭心症」の警告
階段を上ったとき、急いで歩いたとき、あるいは寒い朝に外に出たとき――胸に締め付けられるような痛みや、圧迫感を感じたことはありませんか?その症状は、狭心症(きょうしんしょう)という、心臓からの重要なSOSかもしれません。
狭心症は、心臓の血管(冠動脈)が狭くなることで起こる病気です。この状態を放置すると、血管が完全に詰まり、生命を脅かす心筋梗塞へと進行する危険性が極めて高くなります。
しかし、狭心症は適切な治療と生活習慣の改善によって、その進行を食い止め、心筋梗塞を予防することが十分に可能です。
この記事では、狭心症のメカニズム、典型的な症状、そして診断と治療、予防の鍵となる知識をわかりやすく解説します。ご自身の健康、特に心臓の健康を守るために、ぜひ最後までお読みください。
1. 狭心症の正体:心臓への酸素不足「虚血」
私たちの心臓は、全身に血液を送り出すポンプです。このポンプ自身が働くために、栄養と酸素を豊富に含んだ血液を運ぶ専用の血管があります。これが冠動脈(かんどうみゃく)です。
狭心症が起こるメカニズム
狭心症は、何らかの原因でこの冠動脈の内腔が狭くなり、心臓の筋肉(心筋)に送られる血液(酸素)が一時的に不足する状態、すなわち心筋虚血(きょけつ)が起こったときに発症します。
- 原因は動脈硬化:冠動脈の壁に、コレステロールなどが溜まってできるプラークによって血管が硬く、狭くなる動脈硬化が主な原因です。
- 酸素需要と供給のミスマッチ:運動などで心臓が激しく動くと、大量の酸素が必要になります。しかし、狭くなった血管では必要な量の血液が送れず、心筋が悲鳴を上げ、痛みを引き起こします。
狭心症の二大分類
狭心症は、症状が現れるタイミングによって大きく二つに分類されます。
- 労作性狭心症(最も一般的):
- 運動時や労作時(階段の上り下り、重いものを持つなど)に胸痛が起こり、安静にすると数分で治まるタイプです。
- これは、運動によって増大した心臓の酸素需要に、狭くなった血管が応えられないために起こります。
- 安静時狭心症(異型狭心症):
- 安静時や睡眠中に、冠動脈の異常なけいれん(攣縮:れんしゅく)によって一時的に血管が極度に収縮し、血液の流れが途絶えて起こるタイプです。
- 特に早朝に起こりやすいのが特徴です。
2. 見逃せない!狭心症の典型的なサイン
狭心症の症状は、必ずしも「激痛」ではありません。そのサインを知っておくことが、命を守ることにつながります。
1. 胸の痛み・圧迫感
最も一般的な症状です。
- 「胸が締め付けられる」「胸を何かで押さえつけられている」「焼け付くような痛み」と表現されることが多いです。
- 痛みは通常、3~15分程度で治まり、30分以上続く場合は心筋梗塞の可能性があるため、緊急性が高くなります。
2. 関連痛(放散痛)
胸だけでなく、別の場所に痛みが広がる(放散する)ことがあります。
- 左肩、左腕、顎(あご)、歯、みぞおちなどに痛みやしびれを感じる場合があります。
- 特にみぞおちの痛みは、胃の病気と勘違いされやすく、注意が必要です。
3. その他の症状
- 息苦しさ、呼吸困難
- 冷や汗、吐き気
不安定狭心症とは?—心筋梗塞の予兆
狭心症の中でも特に危険なのが「不安定狭心症」です。これは、「労作時でなくても痛みが出るようになった」「痛みの頻度や持続時間が長くなった」「今まで効いていた薬が効かなくなった」など、症状が悪化している状態を指します。不安定狭心症は、数日以内に心筋梗塞に移行するリスクが非常に高いため、一刻も早い専門医の受診が必要です。
3. 狭心症の診断と検査
胸痛を感じて医療機関を訪れた場合、狭心症を診断するために以下のような検査が行われます。
- 心電図検査(ECG):
- 発作時の心電図に特徴的な変化(ST-T変化)がないかを調べます。安静時には正常なことが多いため、発作時の記録が重要です。
- 運動負荷心電図(トレッドミル/エルゴメータ):
- 運動中に心臓に負荷をかけ、心電図の変化や胸痛の有無を調べます。労作性狭心症の診断に有効です。
- 心臓超音波検査(心エコー):
- 心臓の動きをリアルタイムで確認し、虚血によって心筋の動きに異常がないかを調べます。
- 冠動脈CT検査:
- 造影剤を使い、冠動脈の狭窄(狭くなっている部分)の有無や程度を非侵襲的に調べます。
- 心臓カテーテル検査(確定診断):
- 細い管(カテーテル)を手首や足の付け根の血管から挿入し、冠動脈に造影剤を注入してX線透視下で撮影する検査です。血管の狭窄の場所、程度を最も正確に把握できる確定診断のための検査です。
4. 狭心症の治療法:進行を食い止め、血流を改善する
狭心症の治療は、大きく「薬物療法」と「血行再建術」に分けられます。
A. 薬物療法(基本の治療)
心臓の負担を減らし、発作を予防するために行われます。
- ニトログリセリン:発作時に舌下に入れる薬で、冠動脈を広げて症状を迅速に抑えます。
- β遮断薬、Ca拮抗薬:心臓の働きを穏やかにし、心臓が要求する酸素量を減らしたり、血管を広げたりして、発作を予防します。
- 抗血小板薬(アスピリンなど):血液をサラサラにし、血管内で血栓(血の塊)ができるのを防ぎ、心筋梗塞への移行を防ぎます。
B. 血行再建術(手術的治療)
薬物療法で改善しない、または狭窄の程度が重い場合に行われます。
- PCI(経皮的冠動脈インターベンション):
- カテーテルを挿入し、血管が狭くなっている部分でバルーン(風船)を膨らませて広げ、通常は再狭窄を防ぐためにステント(金属の網状の筒)を留置します。
- CABG(冠動脈バイパス術):
- 患者さん自身の別の血管(胸部の動脈や足の静脈など)を使い、狭窄した血管を迂回する新しい血液の通り道(バイパス)を作成する手術です。
5. 予防の鍵は「生活習慣の徹底改善」
狭心症の根本的な原因は動脈硬化です。治療後の再発防止、あるいは発症前の予防には、生活習慣の見直しが不可欠です。
- 禁煙:タバコは血管を収縮させ、動脈硬化を急速に進行させる最大の敵です。いますぐ禁煙しましょう。
- 食事の見直し:塩分、動物性脂肪、コレステロールの摂取を控え、野菜や魚を積極的に取り入れます。
- 適度な運動:ウォーキングなどの有酸素運動を習慣にし、心臓の予備力を高めます(ただし、発作のある方は医師の指示に従ってください)。
- 基礎疾患の管理:高血圧、脂質異常症、糖尿病は動脈硬化の大きなリスクです。これらの病気を徹底的にコントロールしましょう。
まとめ:胸のサインを無視しないで!
狭心症は、心筋梗塞という最悪の事態を防ぐための「最後の警告」です。
もしあなたが、運動時などに胸の違和感や圧迫感を繰り返して感じているなら、「疲れているだけ」「気のせい」と決して放置しないでください。
早期の診断と適切な治療が、あなたの健康な未来と、大切な命を守ります。勇気をもって、循環器内科の専門医にご相談ください。
【免責事項】 本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療については、必ず循環器内科の専門医を受診し、医師の指示に従ってください。胸の激しい痛みや圧迫感が持続する場合は、救急車を呼ぶなど、すぐに医療機関を受診してください。
