はじめに:なぜ「緑内障」は気づきにくいのか?
「視界の端が欠けているのに気づかなかった」「まさか自分が緑内障だとは…」
緑内障(りょくないしょう)は、日本における失明原因の第1位となっている非常に深刻な目の病気です。しかし、この病気の最も恐ろしい点は、初期段階でほとんど自覚症状がないことです。
多くの方が健康診断や別の眼科受診で偶然発見されるまで、病気が進行していることに気づきません。なぜなら、視野の一部が欠けても、脳が見えない部分を補完してしまうからです。
この記事では、緑内障がなぜ起こるのか、どのような症状で進行するのか、そして大切な視力を守るための治療法について、専門的な視点からわかりやすく解説します。早期発見がいかに重要かを知り、適切な行動をとるための一歩を踏み出しましょう。
1. 緑内障の正体:視神経の障害と視野の欠損
緑内障を一言でいうと、「視神経(ししんけい)」が障害され、視野(見える範囲)が徐々に狭くなる病気です。
視神経とは?
視神経は、目の中のスクリーンである「網膜」に映った光の情報を、電気信号として脳に伝えるケーブルのようなものです。このケーブルが傷ついて機能しなくなると、脳に情報が届かなくなり、その部分の視野が欠けてしまいます。
主な原因は「眼圧」の上昇
視神経が障害される主な原因は、眼圧(がんあつ:眼球内の圧力)が高くなることです。
眼球の中には「房水(ぼうすい)」という液体が循環しており、眼球の形を保ち、栄養を供給しています。この房水の排出路が詰まったり、房水が過剰に作られたりして、眼球内の圧力が高くなると、デリケートな視神経が圧迫され、徐々に傷ついてしまうのです。
ただし、日本人には眼圧が正常範囲内にもかかわらず緑内障になる「正常眼圧緑内障」が最も多く、眼圧だけでなく、視神経自体の弱さも関わっていると考えられています。
2. 知っておきたい!緑内障の進行と症状
緑内障の症状の進行は、非常にゆっくりしており、通常、両眼に発症しても進行速度が異なるため、初期には気づきにくい特徴があります。
初期:自覚症状はほとんどない
片方の目が視野を補ってくれるため、よほど進行しない限り、日常生活では不便を感じません。この時期の発見は、眼科検診がすべてです。
中期:視野の一部が欠け始める
視野の端(主に鼻側)から、ドーナツ状に徐々に見えない部分(暗点)が広がっていきます。欠損が進行しても、視力(中心視力)は最後まで保たれることが多いです。
末期:中心視野まで欠損し、視力低下
病気がさらに進行すると、視界の中心部分まで欠損が進み、見える範囲が極端に狭くなります(管状視野)。最終的に失明に至るリスクがあります。
特殊なタイプ:急性緑内障発作
緑内障の中には、房水の排出路が一気に詰まり、眼圧が急激に上昇する「急性緑内障発作」という危険なタイプがあります。
- 急な目の激痛
- 頭痛、吐き気、嘔吐
- 急激な視力低下
- 瞳の散大
このような症状が突然現れた場合は、一刻を争う緊急事態です。すぐに眼科または救急病院を受診してください。
3. 緑内障の種類と分類
緑内障は、房水の流れが悪くなるメカニズムによっていくつかのタイプに分類されます。
A. 原発開放隅角緑内障(最も多い)
- 房水の出口(隅角)は開いているが、排水溝の奥にある組織が目詰まりを起こして房水の流れが悪くなるタイプ。
- 正常眼圧緑内障(眼圧が正常範囲内)もこのタイプに含まれ、日本人の緑内障の約7割を占めます。
- 症状の進行が非常に緩やかで、気づきにくいのが特徴です。
B. 原発閉塞隅角緑内障
- 房水の出口である隅角が、虹彩(茶目)によって物理的に塞がれてしまうタイプ。
- 眼圧が急激に上昇する急性緑内障発作を引き起こしやすいのが特徴です。
C. その他の緑内障
- 続発緑内障:糖尿病網膜症や目の炎症、外傷、ステロイド薬の使用など、他の病気や原因によって眼圧が上昇するタイプです。
- 発達緑内障:生まれつき房水の排出路に異常があるタイプで、稀に見られます。
4. 緑内障の診断と治療法
一度傷ついた視神経は、残念ながら元に戻すことはできません。そのため、緑内障の治療は「進行を食い止めること」が唯一の目的となります。
診断の鍵となる検査
緑内障の診断には、以下の複数の検査を組み合わせて行います。
- 眼圧検査:眼圧が適正範囲内か測定します。
- 眼底検査:視神経の出口(視神経乳頭)の形を観察し、視神経の障害の有無を調べます。
- 視野検査:光の点滅を見てもらい、どの範囲が見えているか、視野の欠損範囲を正確に測定します。
- OCT検査:光干渉断層計という機械で、視神経や網膜の厚さを測定し、初期の視神経のダメージを客観的に評価します。
治療の基本:目標は「眼圧のコントロール」
緑内障の治療は、タイプや進行度によって異なりますが、基本は「眼圧を下げて、視神経への負担を軽減する」ことです。
- 点眼薬治療(最も一般的):
- 房水の産生を抑える薬や、房水の排出を促す薬など、さまざまな種類の点眼薬があります。
- 緑内障治療の第一選択であり、毎日欠かさず点眼することが極めて重要です。
- レーザー治療:
- 房水の排出路にレーザーを照射し、房水の流れを改善することで眼圧を下げる方法です。
- 手術治療:
- 点眼薬やレーザー治療で眼圧が十分に下がらない場合や、視野の進行が止まらない場合に、房水の排出路を新しく作る手術(線維柱帯切除術など)を行います。
まとめ:視力を守るために、今すぐできること
緑内障は、早期発見と生涯にわたる継続的な治療が最も重要となる病気です。
特に40歳を過ぎた方は、緑内障のリスクが高まります。「見えにくい」という自覚症状が現れた時には、病気がかなり進行している可能性があります。
ぜひこの記事をきっかけに、今日からご自身の目の健康に関心を持ち、定期的な眼科検診の予約を入れてください。それが、かけがえのない視力を守るための、最も効果的な行動となります。
【免責事項】 本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療については、必ず専門の医療機関を受診し、医師の指示に従ってください。
