線維筋痛症は、全身の広範囲に慢性の痛みが続く病気であり、強い疲労感や睡眠障害、うつ症状などを伴うことが多く、患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させます。その痛みはレントゲンや血液検査では異常として表れず、「見えない痛み」として理解されにくいことが、患者さんをさらに苦しめる原因となります。線維筋痛症の治療の目標は、痛みを完全に取り去ることではなく、痛みをコントロールし、日常生活を取り戻すことです。
1.最新の薬物療法:痛みの伝達系をターゲットに
線維筋痛症の痛みの原因は、脳や脊髄の神経系で痛みを伝える物質のバランスが崩れ、痛みの信号が過剰に増幅されてしまうことにあると考えられています。治療薬は、この異常な痛みの伝達経路を正常化することを目指します。
① 痛みの伝達を抑制する薬剤
線維筋痛症の治療薬として日本で保険適用されている主な薬剤は、神経細胞の興奮を抑える作用を持つものです。
- プレガバリン(リリカ)/ ミロガバリン(タリージェ):神経伝達物質の放出を抑えることで、痛みの信号が脳に伝わるのを鎮めます。特に、神経の興奮性が高まっている状態の痛みに有効です。
- デュロキセチン(サインバルタ):脳内のノルアドレナリンやセロトニンといった神経伝達物質の働きを調整することで、痛みを抑制し、同時にうつ症状や不安感も改善する効果が期待されます。
② その他の対症療法薬
上記以外にも、不眠や精神症状、筋緊張などに対して、症状に応じた薬が併用されます。
- 抗うつ薬(アミトリプチリンなど):痛みの抑制効果に加え、睡眠の質の改善を目的として低用量で用いられることがあります。
- 筋弛緩薬:痛みが原因で筋肉の緊張が強い場合に、筋肉を緩めるために使用されます。
※ 線維筋痛症の治療は、単一の薬ではなく、患者さんの症状や痛みの性質に合わせて、これらの薬を組み合わせて使用する集学的治療が基本です。また、従来の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、線維筋痛症の痛みにはあまり効果がないとされています。
2.QOLを回復させるための3つの非薬物療法(セルフケア)
薬物療法で痛みのベースラインを下げた上で、生活の質を高めるためには、患者さん自身が主体的に行うセルフケア、すなわち非薬物療法が極めて重要です。
方法①:痛みに対処する認知行動療法(CBT)
線維筋痛症の痛みは、心理的なストレスや不安によって増幅されやすい性質があります。認知行動療法は、痛みが「治らないもの」というネガティブな捉え方や、痛みを避けるための不活動的な行動パターンを変えることを目指します。
- 痛みの強さや、それに伴う感情・行動を客観的に記録し、痛みに過剰に反応しない対処法を学びます。
- 「破局的思考」(痛みに対して最悪の事態を想定し、不安を増幅させる考え方)を修正することで、痛みの感じ方を和らげる効果が期待できます。
方法②:痛みに合わせた「低強度」の運動療法
痛みがあるために運動を避けると、体力や筋力が低下し、結果的に痛みをさらに悪化させる悪循環に陥ります。運動は痛みの閾値を上げ、抑うつ症状の改善にも繋がります。
- **水泳や水中運動**:水の浮力が体重を支えるため、関節や筋肉への負担が少なく、線維筋痛症患者にとって最も推奨される運動の一つです。
- **ウォーキングやストレッチ**:無理のない範囲から始め、徐々に運動時間と強度を上げていくことが大切です。決して痛みを我慢して行うべきではありません。
- **ペース配分(Pacing)**:活動と休息のバランスを意識的にとり、痛みが増悪する前に休息を挟むことで、活動量を維持しながら痛みの悪化を防ぎます。
方法③:良質な睡眠の確保
線維筋痛症患者の多くが睡眠障害を抱えており、睡眠不足は痛みの増幅に直結します。副交感神経を優位にし、良質な睡眠をとることは治療の基本です。
- **睡眠衛生の徹底**:毎日同じ時間に就寝・起床するリズムを整えます。
- **寝る前のリラックス**:ぬるめのお風呂に入る、軽いストレッチをする、静かな音楽を聴くなど、心身をリラックスさせる習慣を取り入れます。
- **カフェイン・アルコールの制限**:特に就寝前のカフェインやアルコール摂取は避けましょう。
3. 専門的な治療体制の構築
線維筋痛症の治療は、リウマチ科やペインクリニック、心療内科、整形外科など、複数の科が連携して行う**集学的治療**が必要です。これらの専門医に相談し、薬物療法と非薬物療法を組み合わせた包括的な治療計画を立てることが、痛みをコントロールし、QOLを回復させるための最も確実な道となります。
