「こんなミステリー、読んだことがない」
そんな感覚を味わわせてくれる作家の一人が、殊能将之(しゅのう・まさゆき)です。
2000年に『ハサミ男』でデビューすると、その独創的な発想と大胆な構成でミステリー界に強烈な印象を残しました。
残念ながら2013年に亡くなりましたが、現在でも『ハサミ男』をはじめとする作品は、多くのミステリーファンに読み継がれています。
殊能将之の魅力は、単純な「犯人当て」だけではありません。
読者が当然だと思っている前提を巧みに利用し、物語の見え方を一気に変えてしまう。
しかも、ブラックユーモアや独特の文章表現が加わることで、ほかの作家にはない唯一無二の読書体験を生み出しています。
殊能将之の最大の魅力は「予想を裏切る構成」
ミステリーを読んでいると、読者は自然と物語の状況を頭の中で整理します。
この人物が犯人だろう。
この人物は被害者だろう。
この事件には、こういう背景があるのだろう。
しかし、殊能将之は、読者が作り上げたイメージそのものを利用します。
読者が「こういう話だ」と思ったところから、別の方向へ物語を動かしていくのです。
そのため、読み終わったあとに最初から読み返したくなる作品が多いのも特徴です。
代表作『ハサミ男』
殊能将之を語るうえで、絶対に外せない作品が『ハサミ男』です。
殊能将之のデビュー作であり、代表作でもあります。
連続殺人事件をめぐる本格ミステリーですが、単純な犯人探しとは大きく異なる仕掛けが用意されています。
タイトルからして不気味
「ハサミ男」というタイトルだけでも、かなり強烈な印象があります。
物語では、ハサミを使って女性を殺害する連続殺人犯が登場します。
そして、その犯人を追う捜査が進められていきます。
しかし、物語が面白くなるのは、そこからです。
事件を追う側と事件を起こす側の視点が交錯し、読者は次第に何が現実なのか分からなくなっていきます。
読者の認識を利用する大胆な仕掛け
『ハサミ男』の最大の魅力は、読者が無意識に作ってしまう「人物像」を巧みに利用しているところです。
読者は文章を読めば、登場人物の姿を自然に想像します。
ところが、その想像が正しいとは限りません。
殊能将之は、その心理を巧みに利用します。
そのため、物語のある部分で真相に気づいた瞬間、それまでの文章がまったく違って見えてきます。
『ハサミ男』はミステリー初心者にもおすすめ
本格ミステリーというと、複雑なトリックや難しい推理を想像する人もいるでしょう。
しかし、『ハサミ男』は物語そのものに強い推進力があります。
「この事件はどうなるのか?」
「この人物は何者なのか?」
という疑問が次々に生まれるため、比較的テンポよく読み進められます。
もちろん、ミステリー好きなら仕掛けを分析しながら読む楽しみもあります。
そのため、本格ミステリーが好きな人だけでなく、普段あまりミステリーを読まない人にもおすすめできる作品です。
独特のユーモアも魅力
殊能将之の作品は、重い事件を扱っているにもかかわらず、どこかユーモラスな雰囲気があります。
文章の中に独特の皮肉やブラックユーモアがあり、単純なシリアスミステリーとは違った読み味があります。
この「怖さ」と「笑い」のバランスが、殊能将之作品の個性です。
事件そのものは深刻なのに、登場人物の会話や描写にはどこかおかしさがある。
そのため、読んでいて不思議な感覚に包まれます。
『美濃牛』で広がる殊能将之の世界
『ハサミ男』以外の代表作として注目したいのが『美濃牛』です。
『ハサミ男』とはまた違った雰囲気を持つ本格ミステリーで、閉ざされた空間や複雑な人間関係の中で事件が展開していきます。
タイトルからも独特の雰囲気が漂っていますが、物語の中にはミステリーらしい謎解きだけでなく、地方や家族、人間関係などさまざまな要素が含まれています。
『ハサミ男』で殊能将之に興味を持った人が、次の一冊として読むのにもおすすめです。
『黒い仏』はさらに異色の作品
殊能将之の作品の中でも、とりわけ異色なのが『黒い仏』です。
ミステリーとして始まった物語が、読者の予想とは異なる方向へ展開していきます。
本格ミステリーの形式を使いながら、伝奇的な要素なども取り込んでいるため、一般的な推理小説とはかなり違った読書体験ができます。
「普通のミステリーでは物足りない」という人には、特におすすめしたい作品です。
「本格ミステリー」の枠を壊す作家
殊能将之の面白さを語るうえで重要なのが、本格ミステリーのルールを理解しながら、それを大胆に崩しているところです。
密室。
殺人事件。
探偵。
犯人。
推理。
こうしたミステリーの定番要素を使いながら、読者の予想する方向には進ませません。
「ミステリーならこうなるだろう」という読者の期待を利用し、その期待そのものを裏切る。
そこに殊能将之ならではの面白さがあります。
作品を読むときはネタバレに注意
殊能将之の作品は、できるだけ前情報を入れずに読むのがおすすめです。
特に『ハサミ男』については、作品の核心に関わる情報を知ってしまうと、初読時の驚きが大きく損なわれてしまいます。
あらすじを詳しく調べるより、タイトルと基本的な紹介だけを確認して、そのまま読み始めるほうが楽しめるでしょう。
短い作品では終わらない余韻
殊能将之の小説は、単に「トリックがすごい」というだけではありません。
読み終わったあとに、作品そのものについて考えたくなる余韻があります。
「あの場面はどういう意味だったのか?」
「作者はなぜ、この表現を選んだのか?」
「最初から何か仕掛けられていたのではないか?」
そんなことを考えながら振り返ることで、作品の魅力がさらに増していきます。
こんな人におすすめ
殊能将之の作品は、次のような人におすすめです。
- どんでん返しのあるミステリーが好き
- 読者を驚かせる仕掛けが好き
- 本格ミステリーを読みたい
- ブラックユーモアのある作品が好き
- 普通とは違うミステリーを読みたい
- 独特な世界観を持つ作家が好き
- 読み終わったあとに作品を振り返るのが好き
初めて読むなら『ハサミ男』から
殊能将之を初めて読むなら、やはり『ハサミ男』がおすすめです。
デビュー作でありながら、殊能将之の魅力が凝縮された作品です。
連続殺人という分かりやすい題材から始まりながら、読者の予想を大胆に裏切る展開へ進んでいきます。
そして、作品を読み終えたあとには、もう一度最初から読み返したくなるはずです。
さらに異色の作品を読みたいなら『黒い仏』、本格ミステリーとしての魅力を味わいたいなら『美濃牛』にも挑戦してみるといいでしょう。
まとめ
殊能将之は、本格ミステリーの面白さと大胆な発想を組み合わせ、読者の予想を鮮やかに裏切る作家です。
代表作の『ハサミ男』は、まさにその魅力を象徴する一冊です。
連続殺人事件を描きながら、単純な犯人探しには終わらない。
読者が無意識に作り上げた人物像や状況を利用し、物語の見え方を大きく変えてしまいます。
『美濃牛』では、また違った本格ミステリーの魅力を味わうことができます。
そして『黒い仏』では、ミステリーというジャンルそのものを飛び越えていくような、独特の世界観を楽しめます。
殊能将之の作品には、単純な「犯人は誰か?」以上の面白さがあります。
それは、「自分が今まで信じていたものは、本当に正しいのか?」という感覚です。
読者は文章を読みながら、無意識のうちに世界を作っています。
しかし、その世界は作者によって簡単に揺さぶられる。
だからこそ、真相にたどり着いたときの衝撃が大きいのです。
「作者に騙されるのが好き」
「予想外の展開を楽しみたい」
「普通のミステリーとは違う作品を読みたい」
そんな人には、殊能将之はぜひ読んでほしい作家です。
まずは『ハサミ男』を、できるだけ前情報なしで手に取ってみてください。
そして読み終わったあと、最初から物語を振り返ってみる。
きっと、最初に読んだときとは違う景色が見えてくるでしょう。
読者の「思い込み」そのものをミステリーの仕掛けに変えてしまう。
それが、殊能将之という作家の最大の魅力です。

