意識を失う危険も!「低血糖症」のサイン、緊急時の対処法、そして糖尿病治療中の注意点

はじめに:低血糖症とは?

低血糖症(ていけっとうしょう)とは、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が、体が必要とする水準以下に下がりすぎた状態を指します。一般的に、血糖値が70mg/dL未満になると、体は異常なサインを出し始めます。

ブドウ糖は、脳や体のエネルギー源として非常に重要です。特に脳は、ブドウ糖を唯一のエネルギー源としており、低血糖が起こると脳の働きが急速に低下し、進行すると意識障害やけいれんなど、命に関わる緊急事態に陥る可能性があります。

低血糖症は、主に糖尿病の治療中(インスリン注射や特定の経口薬を使用している場合)に起こりやすいですが、健康な人でも、食事を抜いたり、過度な運動をしたり、体質的な原因があったりすると起こることがあります。

この記事では、低血糖症のサインを見逃さずに迅速に対処する方法と、予防のための知識を解説します。

1. 低血糖のメカニズムと危険性

血糖値が下がると、体は血糖値を上げようと様々なホルモン(アドレナリン、グルカゴンなど)を分泌します。このホルモンの働きと、脳のエネルギー不足によって、低血糖特有の症状が現れます。

症状の進行段階

低血糖の症状は、血糖値の低下に伴って、以下の3段階で進行していきます。

段階 血糖値の目安 主な症状 発生原因
I. 警告症状 70mg/dL未満 動悸、ふるえ、冷や汗、強い空腹感、不安感、顔面蒼白 血糖値を上げようとするアドレナリンの過剰分泌
II. 中枢神経症状 50mg/dL未満 集中力の低下、頭痛、めまい、眠気、生あくび、視覚障害 脳のエネルギー不足(ブドウ糖不足)
III. 重症低血糖 30mg/dL未満 意識障害(昏睡)、けいれん、異常行動 脳機能の重篤な低下。救急搬送が必要な緊急事態

重要:症状が現れたら、迷わずすぐにブドウ糖を摂取してください。特に動悸や冷や汗といったIの警告症状は、「体が助けを求めているサイン」です。

命に関わる危険性

重症の低血糖症は、脳に不可逆的なダメージを与えるだけでなく、心筋梗塞や不整脈のリスクを高めることがわかっています。特に高齢者や、血管に合併症がある糖尿病患者さんは、低血糖を繰り返すことで重篤な心血管イベントにつながる危険性が高まります。

2. 低血糖症の主な原因(特に糖尿病患者さん)

低血糖の主な原因のほとんどは、糖尿病治療のインスリン作用が、食事や運動量に対して強すぎることです。

1. 食事に関する原因

  • 食事量の不足:食事の量が少ない、または食事を抜いた。
  • 食事時間の遅れ:薬やインスリンを打った(使った)後、食事の時間が遅れた。
  • 食べられる炭水化物の量が少ない:特に小児や高齢者、食欲不振時。

2. 運動に関する原因

  • 過度な運動:予定外の激しい運動をした。
  • 運動前の補食不足:運動前に十分な炭水化物を摂らなかった。
  • インスリン投与量の調整不足:運動量に見合ったインスリンの減量や薬の調整をしなかった。

3. 治療薬に関する原因

  • インスリン注射:投与量が多すぎた、または注射部位を誤った。
  • 経口血糖降下薬SU薬(スルホニル尿素薬)など、インスリン分泌を促す作用が強く、低血糖を起こしやすい特定の薬を服用している場合。

3. 救命のための応急処置(低血糖発作が起きたら)

低血糖発作が起こった場合、迅速な対応が不可欠です。

1. 意識がある場合(自分で食べられる状態)

  1. すぐにブドウ糖を摂取ブドウ糖10gを摂取することが原則です。ブドウ糖がない場合は、砂糖10g(スティックシュガー3本、または大さじ1杯)を水に溶かして飲みます。
  2. ブドウ糖を含む食品:ブドウ糖の錠剤、ラムネ菓子、清涼飲料水(ジュース:約150〜200mL)など。
    • 重要:チョコレートやアイスクリームなど、脂質を多く含む食品はブドウ糖の吸収が遅れるため、緊急時の対応には適しません
  3. 安静にする:その場で座るか横になり、安静にして15分待ちます。
  4. 再チェック:15分後にもう一度血糖値を測定し、改善しない場合は再度ブドウ糖を摂取します。
  5. 追加の補食:症状が改善した後、次の食事まで時間がある場合は、再発を防ぐために吸収の遅い炭水化物(おにぎり、パンなど)を少量摂取します。

2. 意識がない場合(重症低血糖)

絶対に無理に飲食物を口に入れないでください。誤って気道に入り、窒息する危険があります。

  1. すぐに救急車(119番)を呼ぶ
  2. 周囲に糖尿病患者であることを伝え、グルカゴン注射(緊急キット)があれば、事前に指示された通りに注射します。
  3. 救急隊員が到着したら、糖尿病治療中であることを伝えます。

4. 低血糖の予防と日頃からの対策

低血糖は、日頃からの血糖管理と準備によって、ほとんど防ぐことができます。

1. 治療薬の正しい使用

  • インスリン・薬のタイミング:医師や薬剤師の指示通りに、正しい量とタイミングで薬を使用します。
  • 自己血糖測定の徹底:血糖測定器(SMBG)で定期的に血糖値を測定し、低血糖の傾向がないか把握します。

2. 「捕食セット」の常備

  • 常に携帯ブドウ糖、またはブドウ糖を含む食品を、自宅だけでなく、外出時や就寝時など、常に手の届くところに準備しておきましょう。
  • 周囲への周知:家族や職場の同僚、友人に、自分が糖尿病であること、低血糖時の症状と対処法(特にブドウ糖の摂取)を知ってもらい、協力をお願いしておきましょう。

3. 定期的な医師との相談

運動量や食事内容が大きく変わる場合は、事前にインスリンや薬の量の調整について、医師や看護師、管理栄養士と相談してください。

まとめ:低血糖は防げる緊急事態

低血糖症は、糖尿病患者にとって最大の合併症リスクの一つですが、適切な知識と準備があれば、安全に管理することができます。「動悸や冷や汗」という警告サインを決して見逃さず、迅速にブドウ糖を摂取する習慣を身につけましょう。

低血糖症の要点 説明
病態の核心 血液中の血糖値が70mg/dL未満になり、特に脳のエネルギーが不足する。
警告のサイン 動悸、ふるえ、冷や汗、強い空腹感。これが出たら即座に対処する。
最大の危険 意識消失、けいれん(重症低血糖)や、心筋梗塞のリスク。
応急処置 ブドウ糖10gをすぐに摂取。脂肪分の多い食品は避ける。意識がなければ救急車。
予防の鍵 ブドウ糖の常備正しい薬の使用、そして家族・周囲への周知

安全な糖尿病治療のために、低血糖の知識を深め、万全の備えをしておきましょう。不安な点があれば、いつでも主治医にご相談ください。