はじめに:咽頭がんとは?
咽頭(いんとう)は、鼻の奥から食道・喉頭(こうとう:声帯がある場所)につながる、飲食物と空気が通る「のど」の広い空間を指します。この咽頭の粘膜にできる悪性腫瘍が咽頭がんです。
咽頭は、場所によって以下の三つの部位に分けられ、それぞれがんの特徴や原因、治療法が異なります。
- 上咽頭(じょういんとう):鼻の奥、扁桃腺より上の部分。
- 中咽頭(ちゅういんとう):口を開けたときに見える、扁桃腺や舌の付け根の部分。
- 下咽頭(かいんとう):喉頭の手前、食道の入り口に近い部分。
咽頭がんは、早期発見が非常に重要です。なぜなら、進行すると嚥下(えんげ:飲み込み)や発声といった日常生活に必須な機能が損なわれるだけでなく、リンパ節に転移しやすいため、命に関わるリスクが高まるからです。
この記事では、咽頭がんの主な原因、部位ごとの見逃せない初期症状、そして機能温存を目指す最新の治療法について解説します。
1. 咽頭がんの主な原因とリスク要因
咽頭がんの主な発生原因は、部位によって異なりますが、以下の三つが大きなリスク要因となります。
1. 飲酒と喫煙(特に下咽頭がん)
過度の飲酒と喫煙は、特に下咽頭がんと中咽頭がんの最大のリスク要因です。
- 相乗効果:アルコールとタバコを両方行う人は、どちらか一方の人に比べて、がんの発症リスクが著しく高まることがわかっています(相乗効果)。
- アルコール耐性の遺伝:日本人の約半数は、飲酒時に顔が赤くなる体質(アセトアルデヒド分解酵素の働きが弱い)で、このような人が飲酒を続けると、がんのリスクがさらに高くなります。
2. HPV(ヒトパピローマウイルス)(特に中咽頭がん)
近年、中咽頭がんの増加の背景として、HPV(ヒトパピローマウイルス)の感染が注目されています。HPVは子宮頸がんの原因ウイルスとしても知られており、オーラルセックスなどにより咽頭に感染することが原因と考えられています。HPV関連の中咽頭がんは、喫煙・飲酒が原因のものと比べて予後が良い傾向がありますが、増加傾向にあるため注意が必要です。
3. EBウイルス(上咽頭がん)
上咽頭がんは、EBウイルス(Epstein-Barr Virus)というヘルペスウイルスの一種との関連が指摘されています。
2. 部位別に見る咽頭がんの初期症状
咽頭がんは部位によって症状の現れ方が異なり、他の病気と間違えられやすいため、注意が必要です。
A. 下咽頭がん(最も注意が必要)
下咽頭がんは、初期には症状が出にくく、気づいたときには進行しているケースが多いため、特に警戒が必要です。
- 初期症状:のどの違和感(異物感)、飲み込むときの軽い痛み(嚥下時痛)。
- 進行症状:声のかすれ(嗄声)、飲み込みにくさ(嚥下困難)、耳の痛み(放散痛)、首のリンパ節の腫れ。
B. 中咽頭がん
- 初期症状:のどの違和感や軽い痛み。口内炎や扁桃炎と間違えられやすい。
- 進行症状:食べ物を飲み込むときの痛み、出血、首のしこり(リンパ節転移)。HPV関連のがんでは、首のしこりが最初に気づく症状となることもあります。
C. 上咽頭がん
- 初期症状:鼻づまり、鼻血(鼻からの出血)、鼻水の通りが悪くなる。
- 進行症状:耳の閉塞感や難聴(中耳炎に似た症状)、物が二重に見える(複視)、首のリンパ節の腫れ。
特に、のどの痛みや違和感が2週間以上続く、首にしこりが触れる、血痰や鼻血が続くといった症状がある場合は、すぐに耳鼻咽喉科を受診してください。
3. 診断と治療の基本:機能温存の追求
咽頭がんは、早期発見できれば、喉の重要な機能を温存した治療が可能です。
診断方法
- 内視鏡検査:鼻や口から細いカメラ(内視鏡)を挿入し、咽頭全体を詳細に観察します。
- 生検:がんが疑われる組織の一部を採取し、病理検査で確定診断します。
- 画像検査:CT、MRI、PET検査などを行い、がんの進行度やリンパ節、他の臓器への転移の有無を調べます。
治療の選択肢
咽頭がんは、早期か進行期か、どの部位かによって治療法が異なりますが、近年は機能温存を重視した治療が増えています。
- 放射線治療:早期のがんや、リンパ節転移の予防に用いられます。発声や嚥下機能を温存できるため、最も優先される治療の一つです。
- 化学放射線療法:抗がん剤治療と放射線治療を同時に行う方法で、進行がんに対しても機能を温存しながら高い効果を目指します。
- 手術療法:
- 内視鏡手術:早期の中咽頭がんや下咽頭がんに対して、口から内視鏡を用いてがんを切除し、機能の温存を図ります。
- 切除手術:進行がんや、放射線治療が効かない場合に、がんを完全に切除し、必要に応じてリンパ節郭清(かくせい)を行います。特に下咽頭がんでは、声帯を含む喉頭も一緒に切除する(喉頭全摘出術)必要が生じる場合があります。
4. 予防のための最重要対策
咽頭がんのリスクを減らし、早期に発見するためには、以下の行動が不可欠です。
1. 禁煙・節酒の徹底
飲酒と喫煙は最大の原因です。咽頭がんのリスクを下げるために、禁煙を徹底し、飲酒量を制限しましょう。特に飲酒後に顔が赤くなる体質の人は、極力飲酒を控えるべきです。
2. HPVワクチンの接種(予防)
HPVワクチンは、中咽頭がんの原因となるHPV感染の予防効果も期待されています。現在、日本では主に子宮頸がん予防のために定期接種化されていますが、男性への接種(任意)も推奨され始めています。
3. 定期的なチェックアップ
喫煙・飲酒歴が長い方、あるいは40歳以上で、のどの違和感が続く場合は、症状が軽くても年に一度は耳鼻咽喉科を受診し、内視鏡検査を受けることが、早期発見につながります。
まとめ:のどの異変を見過ごさない勇気
咽頭がんは、早期であれば機能温存が可能で治癒率も高まります。症状が軽い段階で「風邪かな?」「気のせいかな?」と自己判断せず、専門医の診察を受けることが、発声機能や嚥下機能を守るための最初の、そして最も重要な一歩です。
「いつもと違う」のどの異変を感じたら、勇気をもって専門医に相談しましょう。早期発見こそが、最良の治療です。
本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療、具体的な生活指導については、必ず専門の医療機関(耳鼻咽喉科、頭頸部外科)を受診し、医師の指示に従ってください。