はじめに:大腸憩室とは?
大腸憩室(だいちょうけいしつ)とは、大腸の壁の一部が外側に向かって袋状に飛び出した、小さなポケットのような構造のことです。医学的には、この状態を大腸憩室症(だいちょうけいしつしょう)と呼びます。
憩室は、生まれつき持っている人もいますが、多くは加齢とともに発生しやすくなり、特にS状結腸や結腸に多く見られます。現代の日本においては、食生活の欧米化に伴い、憩室を持つ人の割合が増加傾向にあります。
憩室そのものは病気ではなく、多くの場合、自覚症状はありません。しかし、このポケットに便が詰まったり、炎症を起こしたり、血管が傷ついたりすると、腹痛や出血といった深刻な症状を引き起こします。
この記事では、大腸憩室ができる原因、注意すべき合併症、そして憩室炎や憩室出血を防ぐための日々の対策について解説します。
1. 大腸憩室ができるメカニズムと原因
大腸の壁は、内側から粘膜、粘膜下層、筋層といった層で構成されています。憩室は、主に筋層の弱い部分から粘膜などが外側に押し出されて形成されます。
主な原因は「内圧の上昇」
憩室形成の最大の原因は、大腸内部の圧力(内圧)の上昇です。
- 便秘と排便時のいきみ:便秘がちになると、硬くなった便を排出するために強い腹圧と大腸内圧がかかります。この持続的な圧力により、血管が貫通している部分など、壁の弱い部分が押し出されて憩室ができます。
- 食生活の欧米化:食物繊維の摂取量が減り、肉類などの脂質が多い食生活になると、便の量が減り、硬くなりやすくなります。これにより、便を押し出すために必要な大腸の蠕動運動が強くなり、内圧が上がりやすくなります。
- 加齢:加齢に伴い、大腸の筋層が弱くなることも、憩室ができやすくなる要因です。
憩室の場所による違い
日本人では、欧米人に比べて、右側の結腸に憩室ができる割合が高いという特徴がありましたが、近年は食生活の変化により、左側の結腸(S状結腸)にも増えてきています。
2. 大腸憩室の合併症:警戒すべき二つの症状
憩室があること自体は問題ありませんが、放置すると二つの主要な合併症を引き起こす可能性があります。これらは、適切な治療を要する緊急性の高い状態です。
1. 憩室炎(けいしつえん):腹痛
憩室内に便や細菌が詰まり、炎症が起こる状態です。
- 症状:炎症を起こした部分に一致した強い腹痛が起こります。多くは左下腹部(S状結腸)または右下腹部(盲腸付近)に急に痛みが出ます。発熱や吐き気を伴うこともあります。
- 危険性:炎症が悪化すると、憩室に穴が開いて穿孔(せんこう)を起こし、腹膜炎(緊急手術が必要な重篤な状態)に移行する危険があります。
- 対処法:憩室炎が疑われる場合は、絶食と抗菌薬(抗生物質)による治療が必要です。
2. 憩室出血(けいしつしゅっけつ):大量の下血
憩室ができる際に、周囲の血管が引き伸ばされて薄くなり、それが破れることで出血する状態です。
- 症状:突然、大量の鮮血あるいは暗赤色の血液が便器を真っ赤にするほど出ます(下血)。通常、出血が主で、腹痛は伴わないことが多いのが特徴です。
- 危険性:出血量が多いと、貧血やショック状態に陥る危険があります。
- 対処法:多くの場合、安静と点滴による保存療法で自然に止血しますが、出血が止まらない場合は、大腸内視鏡検査で出血部位を特定し、クリップや熱で焼くなどの内視鏡的止血術が必要です。
3. 大腸憩室の診断と治療
診断方法
憩室の存在は、主に以下の検査で偶然発見されることが多いです。
- 大腸内視鏡検査:大腸の内部を直接観察し、憩室の大きさや数を正確に把握します。
- 腹部CT検査:憩室炎が疑われる場合、憩室の周りの炎症の程度や、膿瘍(のうよう)の形成、穿孔の有無などを確認するために行われます。
治療の基本
- 憩室症(無症状):治療は不要です。生活習慣の改善(後述)により、炎症や出血の予防に努めます。
- 憩室炎:軽症の場合は外来で絶食・抗菌薬治療、重症の場合は入院して点滴と抗菌薬による治療を行います。穿孔や腹膜炎を起こした場合は、緊急手術が必要です。
- 憩室出血:入院して安静と止血治療を行います。
4. 憩室炎・憩室出血を防ぐための日々の対策
憩室ができてしまっても、日々の生活習慣を見直すことで、炎症や出血といった合併症の発生リスクを大幅に減らすことができます。
1. 食物繊維の積極的な摂取
食物繊維は、便の量を増やし、柔らかくすることで、大腸内圧の上昇を防ぎます。これが憩室炎予防の最も重要な対策です。
- 目標:1日20g以上の食物繊維摂取を目標とします。
- 具体的な食品:野菜、きのこ類、海藻類、豆類、全粒穀物(玄米、全粒粉パン)などを積極的に摂ります。
2. 水分摂取と便秘の解消
硬い便は憩室炎の原因となります。便を柔らかく保つために、意識的に水分を摂取し、便秘を解消することが大切です。
- 便秘対策:規則正しい排便習慣をつけるとともに、必要に応じて医師と相談の上、緩下剤(便を柔らかくする薬)を使用することも検討します。
3. 適度な運動と体重管理
適度な運動は腸の動きを活発にし、便通を改善します。また、肥満は腹圧を高める原因となるため、体重を適正に保つことが予防につながります。
4. 憩室炎後の再発予防
一度憩室炎を発症した人は、再発率が高くなります。再発予防のためにも、上記のような生活習慣の改善を徹底することが非常に重要です。
まとめ:憩室症と診断されたら「予防」がすべて
大腸憩室症は、特に中高年以降、誰もが持つ可能性のある状態です。しかし、その先の「憩室炎」や「憩室出血」を防げるかどうかは、日々の生活習慣にかかっています。
健康診断などで憩室を指摘された方は、予防策を実行し、腹痛や出血といった異常のサインを見逃さないようにしましょう。症状が出たら、迷わず医療機関にご相談ください。
本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療、具体的な食事制限については、必ず専門の医療機関(消化器内科)を受診し、医師の指示に従ってください。