はじめに:緑内障は「見えない」病気です
緑内障(りょくないしょう)は、眼から入った情報を脳へ伝える視神経(ししんけい)が障害され、視野(見える範囲)が徐々に狭くなっていく病気です。最終的には視力を失い、日本における失明原因の第1位となっています。
緑内障の最も恐ろしい点は、病気がかなり進行して視野が大きく欠けるまで、ほとんど自覚症状がないことです。このため、「沈黙の病気」とも呼ばれ、気づいたときには手遅れというケースが少なくありません。
緑内障は一度失われた視野を取り戻すことはできませんが、早期に発見し、適切な治療を継続することで、視野の進行を食い止めることが十分に可能です。
この記事では、緑内障のメカニズム、見逃せないリスク要因、そして大切な視野を守るための治療法と定期検診の重要性について解説します。
1. 緑内障のメカニズム:視神経がなぜ障害されるのか
緑内障は、主に眼圧(眼球の内圧)が、その人にとって耐えられる限界(視神経が耐えられる圧)を超えた状態が続くことによって視神経が圧迫され、障害されることで発症します。
眼圧と房水(ぼうすい)
眼の中は、血液の代わりに房水(ぼうすい)という透明な液体で満たされており、この房水が眼球の形を保つための内圧、すなわち眼圧を作っています。
- 房水の循環:房水は毛様体という組織で作られ、眼の中を循環した後、**隅角(ぐうかく)**と呼ばれる部分にある排水溝から排出されます。
- 眼圧の上昇:この排水溝(隅角)が詰まったり、働きが悪くなったりすると、房水が眼外へうまく排出されず、眼の中に溜まって眼圧が上昇します。
視神経への影響
眼圧が高くなると、眼の奥にある視神経の付け根が圧迫され、視神経の細胞が徐々に壊死していきます。
正常眼圧緑内障の存在
近年、日本人に最も多いタイプとして、眼圧が正常範囲内(21mmHg以下)であるにもかかわらず、視神経が障害される「正常眼圧緑内障」が多く見られます。これは、正常な眼圧であっても、その人の視神経にとっては負担が大きすぎる(視神経が非常に弱い)ことなどが原因と考えられています。
2. 緑内障の分類とリスク要因
緑内障は、原因や隅角の状態によっていくつかのタイプに分類されます。
主要な分類
- 原発開放隅角緑内障:隅角が広く開いているものの、排水溝の組織が目詰まりし、房水の排出がスムーズに行われなくなるタイプ(正常眼圧緑内障を含む)。
- 原発閉塞隅角緑内障:隅角が狭くなったり閉じたりして、房水の通り道自体が塞がれてしまうタイプ。急性発作を起こす危険があります。
見逃せないリスク要因
以下の項目に当てはまる方は、特に定期的な検診が必要です。
- 加齢:40歳以上の人は、緑内障の有病率が急激に高まります。
- 家族歴:家族に緑内障の方がいる場合、発症リスクが高まります。
- 近視が強い人:近視が強い人は、眼球の構造上、視神経が弱くなりやすい傾向があります。
- 高眼圧:眼圧が常に高い人はリスクが高いです。
3. 自覚症状の難しさと早期発見の重要性
緑内障の初期は、自覚症状がほとんどありません。その理由と、唯一の注意すべき症状について説明します。
視野の欠損は中心からではない
緑内障による視野の欠損は、中心部からではなく、多くの場合、周辺部からゆっくりと進行します。
脳による補完機能
周辺視野が欠け始めたとしても、もう一方の眼が補っているため、私たちは視野の異常に気づきません。さらに、脳が見えない部分を勝手に作り話で埋め合わせるため、無意識のうちに欠損を無視してしまいます。
唯一注意すべき症状:急性緑内障発作
隅角が急に塞がれて眼圧が急激に上昇した場合(急性緑内障発作)には、以下の緊急性の高い症状が現れます。
- 眼の激しい痛み
- 急激な視力低下
- 充血
- 頭痛や吐き気・嘔吐
このような症状が出た場合は、一刻も早く眼科を受診しなければ、数日で失明に至る危険があります。
4. 緑内障の治療の基本:眼圧を下げること
一度障害された視神経は元に戻らないため、治療の目的は「これ以上の視野の欠損を食い止めること」に尽きます。そのために最も有効な手段が、眼圧を下げることです。
1. 薬物療法(点眼薬)
治療の中心は、眼圧を下げる点眼薬です。
- 房水の排出促進:排水溝からの房水の排出を促すタイプの点眼薬。
- 房水の産生抑制:房水自体の産生量を減らすタイプの点眼薬。
患者さんの緑内障のタイプや重症度、他の病気の有無によって、最適な点眼薬やその組み合わせが決定されます。点眼は、毎日欠かさず、生涯にわたって継続することが極めて重要です。
2. レーザー治療
点眼薬で眼圧が十分に下がらない場合や、閉塞隅角緑内障の場合に行われます。
- 房水の通り道を開ける:レーザーで隅角の詰まりを解消したり、房水の流れを改善したりします。
3. 手術療法
点眼薬やレーザー治療でも視野の進行が止まらない場合、最終的な手段として手術が検討されます。
- 線維柱帯切除術など:眼圧を下げるために、房水を眼外へ逃がす新しい排水路を手術で作り、眼圧をコントロールします。
まとめ:早期発見こそ最大の防御です
緑内障の進行を食い止め、大切な視野を守るためには、早期発見がすべてです。自覚症状がなくても、リスクの高い40歳を過ぎたら、必ず眼科検診を受ける習慣をつけましょう。
緑内障は治る病気ではありませんが、進行を止めることができる病気です。あなたの眼の健康を守るために、今日から定期検診を始めましょう。
本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療、具体的な数値目標については、必ず眼科の専門医を受診し、医師の指示に従ってください。