はじめに:間質性肺炎は「一般的な肺炎」と全く異なります
間質性肺炎(かんしつせいはいえん)という名前には「肺炎」とついていますが、これは細菌やウイルス感染で肺胞(空気の袋)の中に炎症が起こる一般的な肺炎とは全く異なる病気です。
間質性肺炎は、肺の間質(かんしつ)と呼ばれる部分に炎症が起こる病気の総称です。肺の内部は、空気が入る「肺胞」という小さな袋がたくさん集まってできており、この肺胞を支える壁や「すき間」の部分が間質です。
肺が硬くなるメカニズム(肺線維症)
間質に炎症が起こり、炎症が治まる過程で、この組織が傷つき、線維化(せんいか)という現象が起こります。線維化とは、傷が治る際にできる「かさぶた」のようなもので、肺が硬く、厚く、そして不規則に縮んでしまう状態です。
その結果、肺は十分に膨らむことができなくなり、また、血液中に酸素を取り込む効率が極端に悪くなるため、息切れ(呼吸困難)や痰のない咳(乾性咳嗽)といった症状が現れます。一度進行して硬くなった肺は、残念ながら元の状態には戻りません。
1. 間質性肺炎の主な症状と進行のサイン
間質性肺炎は、初期には自覚症状がほとんどなく、病気が進むにつれて以下の特徴的な症状が現れます。
1. 労作時(ろうさじ)の息切れ・呼吸困難
- 病気の初期段階では、階段を上る、坂道を歩く、重いものを持つといった体を動かした時にだけ息切れを感じます。
- 進行すると、平地を歩くだけ、さらには安静時でも息苦しさを感じるようになり、日常生活に大きな支障をきたします。
2. 乾いた咳(空咳)
- 痰を伴わない、コンコンという乾いた咳が長く続きます。
- 咳止め薬が効きにくいことも特徴の一つです。
3. 特徴的な肺の音
- 聴診器で肺の音を聞くと、マジックテープを剥がすような「バリバリ」「ベリベリ」といった異常な音(捻髪音:ねんぱつおん)が聞こえることがあります。
4. ばち指(ばちゆび)
- 病気が進行し、慢性的に酸素不足の状態が続くと、指先が太鼓のバチのように丸く膨らむ「ばち指」という状態が見られることがあります。
これらの症状、特に「長引く乾いた咳」や「運動時の息切れ」を自覚したら、「年のせい」や「風邪の名残」と軽視せず、速やかに呼吸器内科を受診することが非常に重要です。
2. 重要な分類:原因と進行スピード
間質性肺炎は多様な病型の総称であり、原因や進行スピードによって治療方針や予後が大きく異なります。
A. 原因による分類
- 特発性間質性肺炎(とくはつせい):原因が特定できないタイプ。最も頻度が高く、特に**特発性肺線維症(IPF)**は進行が早く、難病に指定されています。
- 原因が特定できる間質性肺炎:
- 膠原病(こうげんびょう)に伴うもの:関節リウマチや全身性強皮症などの自己免疫疾患に伴って発症するタイプ。
- 薬剤性:特定の抗がん剤や免疫抑制剤、漢方薬などが原因で発症するタイプ。
- 過敏性肺炎:カビや鳥の羽毛など、特定の物質を吸入することでアレルギー反応として発症するタイプ。
- 職業性:アスベストなどの粉塵吸入が原因となるタイプ(塵肺など)。
B. 進行スピードによる分類
- 慢性型:数ヶ月から数年の単位でゆっくりと進行するタイプ(多くを占める)。
- 急性型(急性間質性肺炎: AIP):数日から数週間で急速に呼吸不全が進行し、非常に予後が悪いタイプ。
- 急性増悪:慢性型で安定していた病気が、風邪などの感染症や他の刺激をきっかけに急激に悪化する状態。命に関わるため、緊急の治療が必要です。
3. 治療の基本:進行を遅らせ、生活の質を保つ
一度線維化した肺は元に戻らないため、治療の目的は「炎症を抑え、線維化の進行を可能な限り遅らせること」と「症状を緩和し、生活の質(QOL)を保つこと」にあります。
1. 薬物療法(原因や病型による)
- 抗線維化薬(こうせんいかやく):特に進行が早い特発性肺線維症(IPF)の治療の中心です(例:ピルフェニドン、ニンテダニブ)。線維化の進行を遅らせる効果があります。
- 抗炎症薬:膠原病に伴うタイプや、炎症が強い病型(非特異性間質性肺炎など)に対して、ステロイド薬や免疫抑制薬が使用されます。
- 原因の除去:薬剤性が疑われる場合は原因薬剤を中止し、過敏性肺炎の場合は原因となる物質(カビなど)を徹底的に避けることが最優先されます。
2. 対症療法と包括的ケア
- 在宅酸素療法(HOT):病気の進行により酸素が不足した場合、自宅で酸素吸入を行う治療です。心臓や脳への負担を軽減し、活動範囲を広げるために行われます。
- 呼吸リハビリテーション:肺の機能を最大限に活用し、日常生活での息苦しさを軽減するための運動や呼吸法を学びます。
- 感染予防:風邪などの感染症は急性増悪のきっかけとなるため、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種、日頃からの感染対策が非常に重要です。
4. 予後(経過の見通し)と受診の重要性
間質性肺炎の予後は病型によって大きく異なりますが、全体として難治性の疾患であることは事実です。
- 特発性肺線維症(IPF):特に予後不良で、5年生存率は30〜50%程度とされています(がんよりも経過が悪い場合もあります)。
- 他のタイプ:非特異性間質性肺炎(NSIP)や剥離性間質性肺炎(DIP)など、一部の病型はステロイドや禁煙に比較的良好に反応し、予後が比較的良いとされています。
【受診の重要性】
長引く咳や息切れは、「年のせい」と片付けず、「肺が硬くなる病気かもしれない」という視点を持って、すぐに呼吸器内科を受診することが、視野の温存と同様に、肺の機能を温存するための最大の防御策となります。
ご自身の呼吸器の健康を守るため、気になる症状があれば、専門医に相談しましょう。
本記事は情報提供を目的としており、特定の治療法を推奨するものではありません。診断や治療、具体的な薬剤については、必ず呼吸器内科の専門医を受診し、医師の指示に従ってください。